備忘録帳

幼児教育から小学生の家庭学習などの備忘録です

【作文】問題解決をテーマにした時のポイント

bibouryokutyou.hatenablog.com

 

前回と同じテーマになりますので、子供の作文を書く時に気をつけている視点等はリンク先の記事を読まれていない方は読んでから今回の記事を読んで頂けると幸いです

 

前書きを抜いて、本文の方に入っていきたいと思います。

 

問題解決をテーマにした作文は、前回の説得、訴えるをテーマにしたモノより書きづらいものだと思います

何故かというと、書く本人が問題に思っている事を認識や意識できていない

もう一歩踏み込むと書く本人が困っている事、困り事等を自分事として何か遭遇していない

 

別視点で書くと『問題解決』って下手すると大きな大きな問題をテーマにしがちになって

問題解決が大きければ大きい程、複雑に絡まった要因や原因があって

何処にスポットを当てるのか、それをどう解決していったらいいのか

そもそもが簡単に解決する事が出来ない問題とかになってしまう

大人だって難しいテーマになるようなテーマなので、小学生の子供が考えるにはなかなか手に余るようなテーマになってしまうので書き難い作文テーマかなと思います

 

私がそらちゃんに言ったアドバイスは、自分が何か困っている事やモノをどうしたら(改良、改善できたら良いなぁ)問題を解決できるのかを考えてみよう

 

具体的に何が、どう、どのように困っているのか、どういった場面で困る事があるのか

自分以外の人達でも良いから、周囲を見回して見て困っている人

困っている人はどういった場面で、どのように困っているのかといった視点で考えてみたらどう

 

そういう大きな問題ではなく、身近なところで小さな事柄から気付ける事をテーマにして、具体的な問題(困り事、困っている事)を書けるモノで選べるようにしていって

それを書ければ、具体的にこうしたら、こういう商品ができれば、こんな工夫をしていければといった事を細かく書いていけるようになっていくのかと思います

そういったアドバイスをしていって、そらちゃんなりの問題解決のテーマを決めて作文を書いていました

 

最初だったのであんまり細々と言わずに大まかに書ければ良しとしていって、同様のテーマで書く事が今後もあると思うので少しずつ意識して書いていけるようになっていければそれでOKという気持ちで作文はとにかく『嫌い』にならないように

自分の考えた事、感じた事を書いていける事を大事にしながら、作文の型、ロジカルな文章を書く為の技術を教えていければOKかなと考えています

 

コレは私個人の考えなのですが、作文や小論文の指導で欠けている視点がロジカルな文章を書く為の技術を教えられていない事も読解力の低下につながっているのではないのかなと

文章の読み方も技術が必要になってきます(読書ではそれは構築できません。語彙力や表現力はつくかもしれませんが)

それと併せて、書くにも技術が必要でその両輪があって初めて読解力につながっていくのではないのかなと私自身が最近色々と分かるようになってきたので気づいてきた事なので自信を持ってとか、偉そうに言えないですが確信を持てるようになってきたので書いたまでです

 

英語の勉強も国語の勉強と同じで母国語か、非母国語の違いで言語に代わりがなく

漢字を覚えるのと同じように英単語を覚え

日本語の文法を学ぶように英文法を学び

という具合に同じなんですよね

日本語をしっかり理解してから英語を勉強しても遅くはないという大学で英語を教えている先生(英語指導のプロのプロ)が言う事なので説得力があると思いますが、私自身もその言っている意味が分かってきたので素人が早期幼児教育で手ェ出さなくて良かったなぁ〜(お遊び程度にやってきただけで、物凄く教材にお金をかけたりインターの幼稚園に通って〜、フラッシュカードやCD、DVD、洋書絵本を読み聞かせとかやってこないできています)

論理的に日本語ができるように技術が必要だと分かってきたので、(日本の教育現場では意識した教授法ではないので、なんとなく国語や現国が解けるという感じ←私がそのタイプでした

だから、国語や現国の読解を技術的に教えられる先生が多くはいない

問題集や参考書の読解の解説を読んでもロジックが分からないままで、何となくなんとかなっていってしまう

答えになる根拠や理由を言えないままだけど正解になってしまう

国語、現国は必ず答えの根拠が有るので、どうしてコレが答えになるのかの根拠の探し方と答えの見つけ方のロジックを教えられる教授法が体系化された参考書も小学生向けで色々と出てきているけど、本質(言語技術)を分かっていない大人達が子供に解説しているせいか

参考書を渡して子供が読んで理解してね

となってしまっているから分からないままでいってしまう事に最近、ココも気付いてきた事になります

 

国語は小学生の間に問題の解き方をきちんと教えて、理解できてしまえば大学入試もNO勉強でも解いていく事ができるモノだとそらちゃんが受講した塾の季節講習で担当した先生が私に「国語で指導している方法は大学入試でも通用する方法でやっていっていますので、お子さんのノートを是非見て下さい」と言っていて、見たら私が子供に解説している内容そのままでした(私の方がもっと細かく質問を繰り返ししていっています)

だから、国語はちょっと教える自信がそこでつきました

作文も結局は同じなんだなぁと思い至るようになりました

 

本質を追い求めていくと、結局はとってもシンプルであるという事

沢山覚える必要性はなく、最低限の道具をどう組み合わせて、如何に効率よく、効果的な場面で投入して使っていけるのか

知識を点でバラバラにあるけれど、それを自由自在、縦横無尽に線と線で繋いでいって考えていけるのか

そういった勉強方法を教えていって、そういう思考を育てていく事が大事なんだなと

たどり着いた現在地であります